理論言語学講座や春夏の特別講座、セミナーなど、広くことばに関心のある方へ
東京言語研究所
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東京言語研究所 事務局 03−5324−3420
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2012年度 春期特別講座のご案内

※春期特別講座は定数に達し、受付を締め切らせていただきました。

 東京言語研究所では、下記の要領で2012年度春期特別講座を開講いたします。多くの皆様のご参加をお待ちしています。

開催趣旨:
 東京言語研究所は、1966年3月、言語学の基礎的な研究と基本的な教育の必要性を認め、とくに、言語学教育のための開かれた体制を確立することを主な目的として服部四郎(東京大学名誉教授)運営委員長のもとに創立されました。理論言語学講座は研究所の活動の中心をなすものとして位置づけられ、以来、今年度まで43年の長きにわたって、日本における言語学教育において重要な役割を果たしてきました。
 研究所では、2004年度より、理論言語学講座に加えて、春期特別講座を開講しています。春期特別講座は、2日間で、受講者に現代言語学の主要な研究領域やアプローチを紹介し、受講者を魅力ある言語学の世界へ誘うことを目的としています。今まで言語学に関心を持たれていなかった方も色々興味深い話を聞くことができ、言語学のおもしろさにふれることができることでしょう。研究所では、この特別講座受講が多様な課目が開講されている理論言語学講座を受講するきっかけとなることを願っています。
 また、この特別講座受講者が2012年度理論言語学講座を受講する場合、理論言語学講座受講料から春期特別講座の受講料(5250円もしくは2625円)を割り引かせていただきます。

開催日時:
2012年4月14日(土曜日)、15日(日曜日) (両日とも午前10時より午後5時まで)
会場:
新宿区西新宿6-24-1 西新宿三井ビル13階教室、他(予定)
※当ホームページ「要項」のページにある案内図参照
定員:
【教室1】80名 【教室2】45名(先着順に申込みを受付け、定員に達し次第締め切る。)
受講料:
2日間 10,000円   1日のみ 5,000円 (いずれも消費税が加算される。)
(受講料は事前振込みを原則とする。)
申込み先:
  • メール:info@tokyo-gengo.gr.jp
  • ファクス:03-5324-3427 
  • 郵送:〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-24-1 西新宿三井ビル16階
    東京言語研究所「春期特別講座」係
2012年度 春期特別講座 時間割
●1日目(4月14日・土) 課目 講師 課目 講師
1限(10:00 〜 11:20)言語研究のおもしろさ西山佑司
2限(11:40 〜 13:00)認知言語学U
−<事態把握>(construal)と翻訳−
池上嘉彦日本語生成文法長谷川信子
〈昼休み〉

3限(14:00 〜 15:20)言語心理学への誘い大津由紀雄意味とは何(でない)か
−固有名詞の場合−
酒井智宏
4限(15:40 〜 17:00)生成文法入門
−ヒトのことばの研究−
池内正幸認知言語学T西村義樹
●2日目(4月15日・日) 【教室1】/【教室2】
1限(10:00 〜 11:20)言語学入門大堀壽夫
2限(11:40 〜 13:00)音声学上野善道英語の史的研究の面白さ児馬修
〈昼休み〉

3限(14:00 〜 15:20)日本語音韻論
−借用語音韻論−
窪薗晴夫意味論と語用論
−児童文学を意味論的に読み解く−
西山佑司
4限(15:40 〜 17:00)文法原論梶田 優言語の創造性と文法尾上圭介


講義概要

第1日目:4月14日(土)

○第1日 1限 「言語研究のおもしろさ」
西山 佑司(明海大学教授/慶應義塾大学名誉教授)

言葉(とりわけ母国語)はわれわれにとって空気のようなものであり、その存在すら意識しないのがふつうである。ところが、ひとたびその存在を意識し、その中身に探りをいれてみると、そこには信じられないほど精巧な構造と複雑な機能が内在していることが分かり、神秘ともいうべきその美しさに目を奪われてしまう。5月からの理論言語学講座の目的は、言葉に内在するそのような目に見えない糸を1本、1本たぐっていく喜びを皆さんと一緒に共有することにある。その導入である本講義では、語、句、文、談話の各レベルで言語学的に問題になる具体例をいくつか提示するつもりである。皆さん自身、「それはどういうことなのだろう」「何故そうなのか」という問いかけをしていただきたい。例えば、

  1. 「貧しい王子は王子だ」は正しいのに、「偽の王子は王子だ」は正しくないのは何故?
  2. 「太郎が知らない理由」にはいくつの読みがあると思われるか?
  3. The boy is ready to eat. に二つの読みがあるのは何故?
  4. @ 太郎は誰が泳いでいると言いましたか。
    A 太郎は誰が泳いでいるか言いましたか。
    @ とAは、「と」と「か」だけの違いなのに、おおきな意味の違いがあるが、その違いは一体なにか。
  5. What we saw in the park was a man and a woman. が言っていることは、「公園で1人の人に会った」であるか、それとも「公園で2人の人に会った」であるか。
  6. 「隣のおばさんはひとが嫌がることをする」は隣のおばさんについて悪い評価をする読みと、逆に良い評価をする読みがあるのは何故?
  7. Who hit his dog? を「誰が彼の犬をぶったの」と訳しては不十分である理由は何か。
  8. 「妻の作った料理以上においしい料理はない」に、「妻の作った料理は最高だ」という読みとは別に、「妻の作った料理がおいしくない」という解釈も成立するのは何故か。
  9. John visited a local bar. に対する二つの読みは文の意味のレベルの問題か。

などなどである。これらの問いに立ち向かうことを手掛かりに、人間言語という神秘な存在の本質に迫る探索の旅に皆さんをお誘いしたいと思う。

○第1日 2限 「認知言語学U」―<事態把握>(construal)と翻訳―
池上 嘉彦(昭和女子大学特任教授・東京大学名誉教授)

 発話に先立って、言語の<話者>は自らが言語化の対象とする<事態>について、そのどの部分を言語化し、どの部分を言語化しないですますか、そして言語化の対象とする部分については、それをどのような視点で捉えるか、などの判断を発話の場における自らとの関連度に配慮しつつ、主体的に決定する。話者が<認知の主体>として発話に先立って行なうこの種の営みは、認知言語学の根底に位置づけられる重要な概念として、<事態把握>(construal)と呼ばれている。話者による<事態把握>の営みについては、<普遍的>な側面(どの言語の話者であっても、同じ<事態>について自らとの関与度に配慮しつつ、いくつかの違ったやり方で把握する能力を有している)と、(まだ、それ程多く言及されていないが)<相対的>な側面(同じ事態の把握の仕方についていくつかの選択肢があるとしても、そのうちのどれが好んで採られるかに関しては、話者の言語が異なると好みの差が認められる)のあることが知られている。この後者の側面については、起点言語、目標言語のいずれの場合でも、問題となる言語において意味媒体として働く言語形式('symbolic forms')がどの程度用意されているかによっても遡及的な制約が加わる(Slobinの'thinking for speaking')。結果的には、一応同じ<事態>の言語化が試みられていても、問題の言語なりの<好まれる言い回し>('Whorfのいう'fashions of speaking')と呼べるものの存在が確認されるはずである。(例えば、原文で「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」となっているのがSeidenstickerの英訳では'The train came out of the long tunnel into the snow country'と変貌しているのも、まさにそのような一例である。)同じ<事態>が言語という媒体を通してさまざまに異なる様相のものとして意味づけられ、変奏されうる――翻訳の具体例によって、言語に内在する<ゆらぎ>の本質を探ってみたい。

 まず出発点として、刊行当時かなりな話題となった『誤訳―ほんやく文化論』(W. A. グロータース、柴田武、三省堂(1967)、五月書房(2000)現在絶版―因みに、著者は二人とも言語学者)から、取りあげられているいくつかの具体例とそれらについてどのような問題提起がなされているかを見る。以後は(英語→日本語という方向での翻訳でなく)日本語→英語という方向での翻訳を中心に検討する。1932年刊行の宮森麻太郎による俳句の英語訳(An Anthology of Haiku Ancient and Modern, Maruzen)をきっかけにして始まった俳句の翻訳の是非をめぐっての一連の論争の検討、それに後の佐藤紘彰によるOne Hundred Frogs(Weatherill, 1986)や欧米の詩人による'haiku'の試み、なども加えて、実践例を取りあげ、言語の違い、文化の差に由来する必然的な困難さを十分に意識しつつ、それでも、なおそれを克服しようとした創造の試みがどの程度実を結んでいるか、また、実を結ぶためにはどのような条件が満たされなくてはならないのか、を考察する。散文では、とりわけ、同一作品に複数の訳者による別の英語訳の存在するもの(例えば『奥の細道』)、日本語話者による英語訳と英語話者による英語訳のあるもの(例えば、漱石の『坊ちゃん』を中心に取り上げ、同一の日本語の原作が背景や時代の異なる訳者によって、どのように違った形で変奏され、言語化されているかを探る。なお、この他にも、補足的な形でではあるが、異言語間の翻訳でなく、同一言語内で原作が後の時代の言語に翻訳される場合(翻訳者の時代における言語によるいわゆる<現代語訳>(例えば、源氏物語の現代語訳、聖書の時代を異にする現代語訳、14世紀のChaucerの作品が17世紀のDrydenや19世紀前半のWordsworthによって<現代語訳される場合)、あるいは、表象の媒体としての言語と絵画の間に見られる手法の<相同性>(homology)といった問題も取り上げたい。

 ここ四半世紀ばかりの間に、特に、EU諸国を中心として<翻訳研究>(Translation Studies)と呼ばれる分野での著しい急速な関心の高まりが見られ、それを反映して、翻訳についての理論的・実践的な研究書の刊行も多岐にわたる領域で急増した。以下で言及するのは、比較的最近のそのごく一部である。

 <翻訳研究>と呼ばれる分野の全体像については、M. Baker, ed. (2009) Translation Studies, 4vols., Routeledge, London, K. Malmkjaer and K. Windle, eds(2011)The Oxford Handbook of Translation Studies, Oxford University Press., など。分野への入門書としては、J. Munday(2008)Introducing Translation Studies, Routeledge, London(和訳、みすず書房)、(コンパクトなものとして)M. Oustinoff(2003)La traduction, Presse Universitaire de France, Paris (和訳、白水社)など。重要な翻訳論を読本としてまとめたものとして、L.Venuti,ed(2000)The Translation Studies Reader, Routeledge, London柳父章ほか編(2010)『日本の翻訳論』法政大学出版局、三つ木道夫編訳『思想としての翻訳』白水社, など。日本語、特に文学作品からの翻訳の実践としては、E. G. サイデンステッカー・安西徹雄(1980)『日本文の翻訳』大修館書店、坂井孝彦(2010)『英語で味わう日本文学』東京堂出版、R. キャンベル(2010)『Jブンガク:英語で出会い、日本語を味わう名作50』東京大学出版出版会、前田高作(2006)『日本文学英語分析セミナー』昭和堂、など。なお、上記柳父ほか編(2010)、pp. 325-340には、さらに詳しい有益な文献案内が附せられている。

○第1日 2限 「日本語生成文法」
長谷川 信子(神田外語大学教授)

 この講義では、ヒトの言語全体についての理論である「生成文法」とヒトの言語の1つである「日本語」の文法研究の関係を、過去<たった>50年余りで、言語についての考え方、言語研究のあり方を、問題の立て方などを、世界規模で大きく変えた生成文法(特に統語論)の変遷と発展に触れながら考えていきます。日本では生成文法が英語の構文研究の手法として紹介された経緯もあり、また、理論の発展がこれまでは常に英語や印欧語の分析によって主導されてきたこともあり、残念ながら、日本語の現象と分析自体が理論研究の主役とはなってきていません。日本語の文法研究で頻繁に討議され面白いと思われる現象(例えば、モダリティ、話し手や聞き手の役割、文の階層性とサイズ、文の語用的機能と文末形式、など)が必ずしも理論研究の中心的な対象とはなってきてはいなかったのです。しかし、半世紀余りを経て、理論も様々な言語にどのように対応するか明確な指針が持てるようになり、「日本語ならではの現象」の体系化が理論の発展を左右するところまで来ています。<やっと>日本語が理論研究の「主役」になれる時が来たように思います。私は、近年、その認識を明確に示した編著書を3冊刊行しましたが、本講義では、それらからのエッセンスを示しながら、「ヒトの言葉・文法の神髄」とは何か、何が様々な言語の違いを生み出しているのかを、身近な日本語(および、日本語との対比で英語)の現象から考えて行きます。その問いは、多少、異なるトピックと感じられるかもしれませんが、外国語(英語)を学ぶとはどういうことか、という問いに深く関わっていることもお伝えしたいと思います。

○第1日 3限 「言語心理学への誘い」
大津 由紀雄(慶應義塾大学教授)

 言語心理学(psycholinguistics)は理論言語学の一分野で、言語と心(mind)の関係について探ります。現代的には、「言語の認知科学」と呼んだほうがふさわしいかもしれません。
 言語心理学の二大研究領域は第一言語(母語)獲得と(言語理解の一面としての)統語解析です。今年度の理論言語学講座での「言語心理学」では時間のおよそ3分の2を第一言語獲得に、残りを統語解析に充てる予定です。春期講座では、理論言語学講座への誘いとして、第一言語獲得と統語解析のそれぞれから1つずつ研究事例を引いて、言語心理学のおもしろさを垣間見ていただけたらと思っています。

 予告編として、第一言語獲得の例をあげておきます。 (1)と(2)を比べてみてください。
 (1) あひるさんが3匹立っています。
 (2) あひるさんのまえに3匹立っています。
 似たような文ですが、(1)では「3匹」いるのはあひるさん、(2)ではあひるさん以外の動物です。日本語を母語とするおとなはだれでもその違いがわかります。つまり、その違いのもとにある日本語という知識を身につけているのです。では、その知識はいつごろ、どうやって身につくのでしょうか。その辺りを探る楽しさをお伝えできればと思います。
 理論言語学講座の受講を前提としないかたも歓迎します。入門書や概説書ではつかみにくい、言語心理学のおもしろさを味わっていただけたら幸いです。

○第1日 3限 「意味とは何(でない)か」―固有名詞の場合―
酒井 智宏(跡見学園女子大学助教)

 「パリ」を『広辞苑』で引いてみます。「フランス共和国の首都。国の北方、パリ盆地の中心部に位置し、セーヌ川にまたがる。[・・・]」これは「パリ」の「意味」なのでしょうか。だとすると、パリ生まれのパリ育ちで、でもパリがパリ盆地の中心部に位置することを知らずに生きてきた人は、「パリ」という言葉を長年使ってきたにもかかわらず、「パリ」の「意味」を知らないことになります。逆に、これが「パリ」の「意味」でないとすると、辞書に載っているのは語の「意味」でないということになります。では、辞書に載っているのは語の「何」なのでしょうか。そして、語の「意味」はどこに消えてしまったのでしょうか。
 言語学者の仕事の一つはことばの意味を分析することだと考えられています。皆さんの中にも、ことばの意味に興味があるから言語学を勉強してみたいという方もいらっしゃるでしょう。しかし、ことばの「意味」について考えるとはことばの「何」について考えることなのかという問いは、言語学者でさえ、あまり立ち止まって考えることはありません。意味とは何であるかを考えている間は、意味の分析が始められないので、あえて立ち止まらずに分析を始めてしまうのです。その結果、上の「パリ = フランス共和国の首都[・・・]」のようなものが出来上がります。
 ここで「あえて立ち止まって考えてみる」のは、言語学の仕事ではなく、むしろ哲学の仕事です。意味について考える前に、意味について考えるということについて考える。この講義では、先を急がず、ちょっと遠回りして、そんな哲学的なまなざしでのんびり言語を眺めてみましょう。

○第1日 4限 「生成文法入門」―ヒトのことばの研究―
池内 正幸(津田塾大学教授)

 本講義では、ちょっと見には当たり前で何をいまさらというような事柄なのに、それをひとたび生成文法の視点から眺めるととても興味深い問題となるような事柄をいくつか取り上げてまず考えてみたいと思います。
 まずは、ヒトのことばはどこにあるのか、から始めます。どこにあるのでしょう? われわれの母語の日本語はどこにあるのでしょうか。そして、ヒトのことばの本質とは一体何なのでしょう。ヒト以外の生物がことばを持っていないという時、それは何を意味するのでしょう。
 こういった問いはふつう敢えてなされることはありませんよね。
 続けて、ヒトは進化史上いつごろことばを持ったのでしょうか。そのヒトのことばの本来の機能とは何なのでしょう。ことばはコミュニケーションのため、とよく言われますが、本当にそうなのでしょうか。独り言や一人で考える時に(声には出さずとも)ことばを使いますが、それらはコミュニケーションではないですよね。
 合わせて、なぜことばの研究をするのか、その目指すところは何か、そして、どういう方法で研究するのか、についても考えましょう。
 この講義では、生成文法研究の「基本の基礎」をこのようなとっかかりから考えてみようと思います。

○第1日 4限 「認知言語学T」
西村 義樹(東京大学准教授)

準備が整い次第、お知らせします。

2日目(4月15日・日)

○第2日 1限 「言語学入門」
大堀 壽夫(東京大学准教授)

 ことばの研究にはさまざまな分野があります。私たちがことばと呼ぶものを作り上げる「単位」から見れば、音、語、文、そして談話という分け方ができます。また、「形(表現)」と「意味」という二つの面から見ることもできます。後者については、辞書に出ている意味のように比較的安定したものから、状況に応じて相手の意図をくんでやらなければならないものまで、扱いを異にする側面があります。別の角度から見れば、歴史的なアプローチがある一方で、特定の時代を「輪切り」にして見るアプローチもあります。さらには、子供の成長過程の変化を見る研究も、多くの注目を集めています。日々の活動に、ことばが関与しない人間集団はありません。この意味で、ことばの研究=言語学は、人間の活動のある重要な面に光を当てる作業と言えるでしょう。
 この講義では、最初に言語学の見取り図を示し、その後で特に「意味論」に焦点をあてて、ことばの仕組みについて考えることにします。具体的には、「メタファー(隠喩)」を分析のためのキーワードとして、次の問いを立てます。
 <私たちは多様な出来事についてことばを通して語るとき、どのような捉え方をしているのか。それは私たちの行動や思考にどのように影響を与えるか。そこには文化の違いは見られるのだろうか。>
 ふだんはあまり意識しないことでも、体系的に答える試みを通じて、言語科学の面白さにふれることができればと思います。

○第2日 2限 「音声学」
上野 善道(東京大学名誉教授)

音声(言語音声)およびそれを研究する分野である音声学について,その前提になっている事柄を概説します。
予定している主な話題は以下の通りです。音声が伝え,人間が耳で瞬時にとらえる情報がいかに多様であるか。その中で,言語学が主たる研究対象としている部分は何か。音声と意味とはどういう関係にあるのか。先天的にもって生まれる言語一般の能力と後天的に獲得する個別言語との関係。大人には,なぜ母語の音声はやさしく,他は難しいのか。にもかかわらず,母語以外の音声も研究できるのはなぜか。それができるようになるためには何が必要か。実践音声学の必要性。音声はどのようにして発せられるのか。音声器官はどのようなものがあり,どのように動くのか。「耳が良い」とはどういうことなのか。音声を記録するための手段としての音声記号の効用と限界など。
以上について,声帯運動の様子その他の動画も見せながら,できるだけ具体的に分かりやすく話す予定です。
(1コマの春期講座では個別の音声には触れる余裕がありませんが,理論言語学講座の「音声学」では,国際音声記号(IPA)の一つ一つについて聞き取りと発音ができるように訓練をします。音声学は,実は理屈だけではなく,実際にできるようにならなければ意味がないと言っても過言ではありません。それには練習あるのみなのです。)

○第2日 2限 「英語の史的研究の面白さ」
児馬 修(立正大学教授)

 英語を母語として「容易に」習得する人々だけでなく、英語を外国語として習得することを目指して「必死に」学習している人々にとっても、古い時代(たとえば、500年とか1000年位前)の英語に関する知識がその習得に直接関わってくるようなことはないと思うかもしれません。母語話者に関しては確かにそのとおりです。しかし、外国語として英語を勉強している人は、いろいろな英語の原則(文法)を学ぶ(意識する)ことによって、より効率的な学習を目指している人が多くいますので、母語話者とは事情が異なります。そんな、文法を意識した学習者であれば、次第に、ことばというものはそんな原則にかなったものばかりではないことに気づきます。「例外のない原則はない」と諺にもあるくらいです。初学者だけでなく、中級以上のレベルに達した学習者は特に、規則に合わないような「不思議な」事象がたくさんあることに気付いてきます。でも、そんな「不思議な」事象も、歴史をひも解いて、過去にさかのぼって観察してみると、その疑問が少しずつ解けてゆくことがあるのです。
 ところで「語源学」が単語の歴史を探る分野であることは、英単語の語源に関する書物などを読まれて、すでにご存知かと思います。そこでは様々な英単語のルーツが、時には数千年を辿ることによって解明されることがあります。この講座では、「語源」ではなく、「文法源」とでも呼ぶべき事象をいくつか取り上げ、せいぜい1000年くらい前までさかのぼってお話ししたいと思います。

○第2日 3限 「日本語音韻論」―借用語音韻論―
窪薗 晴夫(国立国語研究所教授)

この講義では今年度前期の講義(5〜7月)のテーマである「借用語音韻論」の主要な問題をとりあげ、外来語の音韻構造にどのような原理が働いているか、外来語を分析することによって日本語のどのような特性が明らかになるか考察する。また未解決の問題を紹介しながら、音声研究の面白さ・醍醐味を解説する。具体的な現象は次の通り。この中からいくつか選び解説する。

  1. 母音挿入:cashはどうして「キャッシュ」となって「キャッシ」とならないか。dock(ドック)は語末に[u]が挿入されるのに、deck(デッキ)に[i]が挿入されるのはなぜか。
  2. 子音の変化:stickはどうして「スチック」ではなく「ステッキ」となるのか。一方、teamが「テーム」ではなく「チーム」となったのはなぜか。
  3. 促音の添加:picnicはどうして「ピックニック」とならないか。またgasが「ガッス」とはならず、cashが「キャシュ」とならないのはなぜか。
  4. 音節構造:「ワイン」は1音節か2音節か3音節か。「ライン川」と「マサイ族」のアクセントから日本語の二重母音についてどのような知見が得られるか。
  5. アクセント:「フロリダ」はどうして平板アクセントとなるか。「ワシントン」は東京方言でどうして「シ」にアクセント(核)が来るのか?PTAのアクセントはどのような規則によって決まるか。
  6. 短縮語:「ストライキ」はどうして「スト」と略されるのか?「リハビリテーション」が「リハビ」と略されないのはなぜか。

○第2日 3限 「意味論と語用論」−児童文学を意味論的に読み解く―
西山 佑司(明海大学教授・慶應義塾大学名誉教授)

児童文学に登場する単純な表現は、ことばの意味と解釈を考える上で貴重な材料を提供してくれる。この講義では、誰でも知っている児童文学から有名なフレーズをとりだし、意味と解釈にかかわる問題を一緒に考えてみたい。われわれ大人が、ここで提示した問題にきちんとした形で答えるためには、統語理論、意味理論、語用理論という理論武装が必要である。ところが子供は、このような作品をいともたやすく読んだり聞いたりして内容を理解できるという事実は一体何を意味するのであろうか。以下は、この講義で取り上げる例の一部である。

  1. 昔々あるところにおじいさんとおばあさんがありました。(『桃太郎』より)
     ◆ 問題:生きているものについて「ある」が使えるのは何故だろうか。
  2. a. かぐや姫が出した難題をこなした者が外にいます。(『竹取物語』より』
    b. かぐや姫が出した難題をこなした者は誰一人としていなかった。
     ◆問題:(2a)と(2b)の下線部はどこが異なるか。
  3. a. 王妃:鏡よ、鏡。この世で一番美しいひとは誰だい?
    b. 鏡:それは、お妃さま、貴女です。(『白雪姫』より)
     ◆問題:ひとを指すのになぜ「それ」が使用されているのか。
  4. a. 雪国の少女、ゲルダは仲良しだった少年、カイをさがす旅に出ることにしました。(アンデルセン 『雪の女王』より)
    b. チルチルとミチルは青い鳥をさがしにでかけました。(『青い鳥』より)
    c. 王子の命令で、家来は、このガラスの靴をはいていたひとをさがしています。(『シンデレラ』より)
     ◆問題:(4a)(4b)(4c) における「さがす」の意味の違いはなにか。
  5. 山猫軒は、注文の多い料理店です。(宮沢賢治『注文の多い料理店』より)
     ◆問題:下線部は何通りに曖昧であるか。(→ 正解:7通り)

これらの問題を手掛かりに、「言葉の意味探索の楽しい旅」に皆さんをお誘いしたいと思う。

○第2日 4限 「文法原論」
梶田 優(上智大学名誉教授)

 「言語は多様であり、また同時に画一的である」とよく言われますが、ここのところ、言語の多様性を示す研究が急速に進んで、以前考えていたような種類の画一性は成り立ちにくくなっています。ことは、移動変形の有無とか動詞句の有無とかいった問題をはるかに越えて、句構造そのものの有無、品詞の区別の有無など、文法の根幹にかかわる事柄についても、細かな区別をする言語から全く区別をしない言語まで、さまざまな場合が指摘されていて、画一的な説明は不可能、と見えかねません。

 統語論だけでなく、統語論と意味論・語用論のインタフェイスについても、多様な言語の実態が明らかにされつつあります。特に、人間の知覚、思考、伝達などで用いられるさまざまな「概念」のうち、どのようなものが文法範疇として選ばれるか、そしてそれらはどのような形式で表現されるか、という観点からの研究に、見るべきものが多くあります。そこで扱われているのは、従来の一般文法理論の対象外の事柄なので、これらをも含む統一的な理論の建設は、さらに難事業と見えるかもしれません。

 このような状況に直面して、多くは、一般文法理論を時期尚早または無意味とし、もっぱら記述的なアプローチをとっています。その種の研究はもちろん基礎資料として貴重で、なくてはならないものです。しかし、子供が、これほど多様な可能性のなかから一つの言語を容易に学びあてるのはなぜか、何が子供にあらかじめ備わっているのか、という根本問題に戻ると、やはり記述的な研究だけでは不十分で、どの言語でも習得できるような何らかの一般的な仕組みが必要になります。かといって、既存の一般理論では、そのような仕組みへの道筋は、記述的研究の進展につれて、一層見えにくくなっています。これは、従来の理論のどこか根本的なところに不適切なところがあるからとしか考えられません。

 今回の講義では、いくつかの具体例を見ながら、つぎのような点について説明する予定です。(1)既存の一般文法理論は、たいてい「自然に習得できる文法」が成人の文法の特徴のみによって規定できるという静態的・出力説的な文法観に立っており、それが問題の根源と考えられる。(2)そのような文法観に代わるものとして1970年代以降考えられてきた動態的・過程説的な文法観のもとでは、習得過程の各段階で働く「可能な変化」があらかじめ定められており、その組み合わせによってそれぞれ違った文法が形成されることになるので、多様性への対応が原理的に可能になる。(3)このようなアプローチは、書記言語を持つ言語と持たない言語の構造上の相違に関する最近の研究結果も一部分説明することができ、また発生生物学でいうvon Baerの法則とも符合する。

○第2日 4限 「言語の創造性と文法」
尾上 圭介(東京大学教授)

 「なにはなくとも…」というときの「なに」と、「あれはなに?」というときの「なに」と、「なにも知らない」というときの「なに」とは、どう繋がっているのであろうか。「な にも知らない」と言えるのに「なにも知っている」と言えないのは、どうしてであろうか。
 「ちょっとは待ってくれよ」というときの「は」と、「暗い所で本を読んでは目を悪くする」の「は」と、「雪は白い」の「は」とは、どのように繋がっているのであろうか。「は」という一つの助詞がこのように次元の異なるいくつもの意味を表すことができるのは、どのようなメカニズムによるのであろうか。
 名詞でも動詞でも、あるいは助詞、助動詞というような文法形式でも、「一つの言語形式に固有の認識のスキーマを活かしつつ、その使いみち(その形式で表現できる意味)を発見的に創造していく」というところに、言語の創造性がある。一つの言語の辞書や文法は、その言語を使う人々の、何千年に及ぶ、類としての創造性の産物である。
 文法形式の多義性の構造を問うことを通して、言語における創造性ということを考えていく。


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    大名 力氏
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  • 2010年度第4回公開講座
    岩田誠氏 2月26日(土)
     / ご案内 /
  • 2010年秋期特別講座
     / 要項・講義内容 /
     / 昨年のことばワークショップより
  • 2010年度第3回公開講座
    開 一夫氏 10月16日(土)
     / ご案内 /
  • 2010年度第2回公開講座
    福澤一吉氏 9月11日(土)
     / ご案内 /
  • 2010年度第1回公開講座
    新井紀子氏 6月5日(土)
     / ご案内 /
2009年の活動より
運営委員より
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